
かつて、しんと静まり返った真夜中の山中を、星を眺めながら歩いたことがある。いや正確に言うと、時折走り、時折歩いた。
東京都の一番西のはずれ、奥多摩の山中、全17座だったかの山々のいただきを、全てクリアして24時間以内に、ゴール地点に戻るという過酷なレースだ。
さらには、途中3箇所の関門も、制限時間以内にクリアする必要がある。
わたしは、1箇所目、2箇所目の関門を制限時間ギリギリでクリアしていた。そして最後の3箇所目の関門もなんとかギリギリでクリアした。
あとは、24時間以内のゴールを目指して、とにかく進むだけである。
食料と水は、基本的に自分で用意して持っておかなければならず、足の遅い人間ほど掛かる時間が長いので、食料や水もたくさん背負うことになる。私の場合も、約8キロほどの荷物を背負い、体力的にはギリギリの限界に来ていた。
第3関門を後にしたとき、私の後ろには、選手はもう誰もいなかった。
わたしはしんと静まり返った山道を、ヘッドランプと、手に持った小さなライトの灯りをたよりに、天の星を眺めながら走り、歩いた。
時折足元でボトッと音がする。よく見ると、ドングリが音の所で跳ねるのが見えた。
わたしの前にも後にも、人の気配は一切ない。あるのはどこまでも続く樹林と山道と天上の星。
ゴールの制限時間が刻一刻と迫る。急がなければ・・・
そのうち、わたしの体が、いつもの自分の体ではなくなっていることに、ふと気づいた。もはや、私の体は野生の鹿のようだった。
全神経は森の全ての息づかいを感じ、体の動きは、森と一体化し、わたしの肉体は流れるような美しさを纏って、森を駆け抜けてゆく。
野生。なんと言う心地よさか。
その後、この感覚を、わたしは一度も味わったことがない。
ゴールは23時間45分34秒。
最後まで、ギリギリなんとかクリアした。ゴール近くで、二人を追い抜き、最後から3番目だった。
51歳の秋、東京都奥多摩での出来事。
64歳の今、もう一度走ってみたい気もする。
自然を描いていたら甦ってきた、あの日の出来事。
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